あんみつ日誌

埋もれてそうで、そこにないと困る

占いも引き寄せも使いようだと思うんだよね

 

私は占いも引き寄せもスピリチュアル系のものが大好き。

腕にいつもパワーストーンのブレス付けてる。タロットも引く。

 

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引き寄せってはじめの頃は本当に胡散臭いものでしかなかったけど

効果でるかもわかんないからまーお試しでやってみるかっていう気楽な気持ちで取り組んだら結構楽しい。

しかもただの胡散臭いものではなくて

確かに、と納得できる部分もあって。

楽しいことを考えていつもうきうきした気分でいたら嬉しいことを引き寄せる。

いつもネガティヴで暗〜い人より、明るくてポジティブな人のほうが近づきたくなるのは納得できるし、

そんな人のほうが男の人も幸せにしたいと思うもんだよね、違うかな?

 

私が思う一つの説は

ポジティブなひととネガティヴな人は同じように物事が起きているけど

そこにある小さな幸せに気づくかどうかってこと

そして不安や悩みはだいたい一過性のものであることに気付けるかどうかってこと

それだけの違いだと思う。

 

不安はすぐに過ぎ去るものだと気づいて、日々の小さな幸せに気付ければ

悩みすぎて無駄な疲労を溜め込むこともないし

もっと日々を気楽に生きることができて

自分のやりたいことにより一層力を注ぐことができる。

結果的に自分のやりたいことに割く時間が増えてより幸せな時間が増える。

 

信じるか信じないかはその人次第だけど

幸せのヒントを掴むために占いや引き寄せを利用するのは全然問題ない。

 

ただ問題なのはそれらに依存しすぎて

自分の意思を失ってしまうこと。

 

人間関係も仕事もスピリチュアルも

自分にあった距離感が大事。

 

 

 

 

 

綺麗な花をもらって、突然部屋を片付けたくなった。

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こんばんは。

 

先日、赤いバラと赤いガーベラが入ったすっごく私好みの花束をいただいてしまった。

 

誰がこれを選んだんだろう……

それにしても好みドストライクすぎてにやにやしちゃう。

 

その花束のサイズが結構大きくて

大きな花瓶にとりあえず生けて部屋のど真ん中においてある机に置いたら

なーんか部屋を片付けたくなった。

 

普段そんなに片づけるタイプではなく

掃除機も一か月に一回か二回かけるだけの超ずぼら人間なので(ごめんなさい)

スイッチが入ったときしか掃除しない。

テスト期間は週4くらいで掃除するくせに。

 

そんなずぼら人間のスイッチを素敵な花束が押してくれた!

 

今日はとにかく掃除機をかけて

掃除したり衣替えしたり

結構片付きました。わーい。

 

部屋の真ん中に花がひとつあるだけで

なんだか明るい気分になれる今日この頃。

 

これからスーパーに買い出しに行って

明日の用事にもっていくお菓子作りでもしようか。

それともおつまみを買ってきて晩酌しようか。

 

とっても充実した週末の始まり。

 

 

忙しくなければならないという病気

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”忙しくなければならないという病気”

 

これに私はずうーーーーーっとかかってた。

 

一日に最低一つは何か小さくても予定を入れなければ気が済まない。

十分生活できるのにバイトを入れまくってしまう。

他の人の頼みをつい引き受けて自分がしなくていい仕事を増やしてしまう。

そして仕事をうまくヒトに振れなくてパニックになる。

 

そして一日予定が無い日があるとなぜか原因不明の不安に襲われる。

 

何かしなければ、まず何か動かなければ。

とはいっても別にずっと外に出ていたわけではなく。

なぜかSNSを見ていた気がする。いや、そっちの方が時間の無駄でしょ、どうみても。

 

忙しい、忙しい、というのは

(他人の目を気にするのが)忙しい、忙しいってことだったのかねえ。

 

SNS見てる暇があったら新しい趣味を探しなさい。

読書もたくさんできるでしょ。

しっかりしなさい私。笑

 

最近はリアルのSNSはインスタ一本で、ほぼ更新もしてない。

いや、たまに気が付いたら見てるときあるからそこは直す。

 

なぜインスタは残しているのかって?

それはインスタは愚痴とかネガティブな要素が少ないから。

 

インスタ考え出したひとってすごいと思う。

 

メンヘラの病みツイートなんか見なくても済む。

見なくてよかった友達から友達への悪口ツイートも見なくて済む。

 

おかげで心の平穏は保たれている。

リア充の投稿なんかは私にとってマウンティングの対象ではなくて

むしろ見たら幸せになる体質らしいので問題なっしんぐ。

深夜の飯テロは私の食欲を加速させるけどまあそれはよい。

 

みんなの動向を知っておかなければ、流行に乗らなければ

そんなことは幻想だった。

Twitterで起きた出来事なんて来週誰かに聞けばいい。

 

誰かの思考の切れ端だけ見て余計な詮索や妄想をして

自分の大切なエネルギーを消費する必要なんてないってこと。

 

 

イラっとする時はだいたい疲れてるか自分に何かあるとき

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イラっとする時はだいたい疲れている時。

 

これって本当はわかっていても、その時は気付かない。本当に全く。

後になって、なんでこんなことでイラついてたんだ、と後悔する。

 

最近私が気を付けていることは

自分が思っている以上に自分が頑張っているんじゃないかと思って

 

積極的に暇な時間を作ったり。

甘いもの食べたり。

大好きなひとに会ったり。

いい香りの入浴剤を入れてゆったりお風呂に入ったり。

 

徹底的に自分を甘やかしてる、最近。

 

そして自分をしっかり認めて、抱きしめて

たくさんの好きなものに囲まれて

 

今私がしようとしていることは

他の人の目を気にした行動なのか?

それとも自分の感情、直感、意思で決めた行動なのか?

をよく見定めて行動する。

 

隙間時間にはできるだけ瞑想をして

睡眠時間はしっかりとって

とにかく自分、自分。

 

そうすれば、もっと自分が生きやすくなる。

自分を大切にできれば、家族も友達も家族も大切にできる。

余裕なくひたすら周りにあわせてイライラするくらいなら

少しでも心に余裕があってニコニコしているほうがいい。

 

そうやってやりすぎなくらい自分を甘やかして初めて

自分が予想以上に肩に力を入れて生きていることに気付いたし

周りの女の子たちもガチガチになっていることにも気付いた。

 

もっと、力を抜いてもいいと思うんだけどなあ。

そんなことで他人を攻撃する前に、もっと楽しい話をしようよ。

ま、そんな自分もまだ噂話や悪口に乗ってしまうこともあるけど。笑

 

まずは自分を許すことから

 

かつての自分はこころのどこかで
”たくさん勉強して、医者としてバリバリ働かねばならない”という思いがありました。

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でも本当は、マイペースでのんびり働きたい。
結婚もしたい。
子育てもしたい。
家族の時間をしっかり持ちつつ、自分の時間もほしい。

 

そんな自分に気付きました。

 


実は先日、試験があり、精神的にも追い込まれて
母に当たるように電話をしてしまいました。

 

「なんで医学部なんか行ったんだ」

「なんであの時反対して別の学部に行かなかったんだろう」

 

すると

「別にいいんじゃない?研修も楽なところを選べば?」

「わざわざしんどいところ選ばなくていいよ、マイペースでいいからね」

 

 

……私は勝手に自分の中で母を誤解していました。

「もっとバリバリ働け」

「せっかく医師免許持ってるならそれを使わないともったいない。」

そんな風に言われると思っていました。

 


そんなんでいいの?
もっと、楽なほうに進んでもいいの?

 

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そう思えたら、肩の力がすっと抜けました。

 

心なしか、最近自分の表情が柔らかくなった気もするし

今までは自分のことで精一杯だったけど他の人に自分の気持ちをあげる余裕が生まれて

きた気がします。

 

自分にも手間をかけるようになったし(お化粧とかね)

自分の感情も大切にできるようになった。

嬉しいときは全力で喜ぶ。

寂しいときは素直に寂しいという。

他人の言葉に余計な裏読みをしないで、誉め言葉は素直に受け取る。

 

これからは全力でハッピーに生きるぞ、そんな決意をした今日なのでした。

 

あ、でも試験全然できなかったので留年かもしれません☆笑

そんな自分もかわいいから許しちゃう!笑

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日記というカテゴリーをつくります

こんにちは、しらたまです。

 

この度、日記というカテゴリーを増やすことにしました。

というか、日記要素強めのブログにします。

 

もっと自分の好きなことを、好きな言葉で。

いろんなことにとらわれず自由に呟いていこうとおもっています!

 

よろしくお願いします^_^

自分の好きなように生きてみたら、本当の気持ちに気付いてしまった。

 

こんにちは、しらたまです。

 

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数か月前からずっと自分のときめくものや好きなものに素直になるようにしています。
先日のカンボジア旅もそう。部屋を自分好みのインテリアにしたり、花を買ってきて飾ってみたり、好きなカフェにいってみたり、読書したり。
買うものも自分がキュンとしたものでないと買わないようにしていました。最近、実はピンクが大好きなことに気付いた次第です。笑

 

先日自問力という書籍を読んだことをきっかけに、自分の想いをひたすらノートに書きなぐってみました。
すると、自分があまりにも周りを気にしていることに気付いたのです。
認められたい気持ちが強すぎる、プライドが高すぎる。
薄々気付いていても、そんな自分を認めたくなくて20年近く見ないふりをしていました。


私は兄弟よりも劣った存在だと思っていました。
自分は努力しないとなにもできないのに、兄弟は軽々となんでもできてうらやましいと思っていました。
でも、本当にそうなのか?
弟も過呼吸になるほど人間関係に悩んでいたし、普段恐ろしくポジティブだけど不安はあったでしょう。
すべて私の思い込みだったのではないか?
周りがかっこいい、すごいって言ってくれるから勉強を頑張れたのは事実です。
医者になればみんながかっこいいすごいって言ってくれるのも知っていた。

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見た目はマジメに見られるのですが、普段はそう思われたくなくて不真面目キャラを演じています。実際はどっちかわからないです。笑
そんなことをしてるのも、プライドの高さのせい。
実際は大したことないね、って言われるのがきっと怖いのです。
異性に素直に甘えられないのもこのプライドがあるから。
本当の私は寂しがり、強くなんてない、勉強だってさしてできるわけでもない。
そしてどこかで他人をバカにしてしまう。
私は頑張って医学部に入ったんだよ、あなたたちとは違うの、、、
そして自己嫌悪に陥る、
これって、自分が自分をきちんと認めてあげていないからでは?
自分を認めてあげないと、他人を認めることなんてできないですよね。

 

私はどんな存在?どうあるのが理想なの?
将来バリバリ働いて、患者さんを救いたい?
それとも仕事はそこそこに、のんびり働きたい?

 

研修は?将来は何科になるの?
都会に行きたいっていったけど本当にそうなの?

 

自分がなりたい自分、周りの期待に応えようと自分で作り上げた自分。
その乖離に気付いてしまった。
いや、もっと早く気づけばこんなに長い間違和感に苦しまずに済んだのに。
本当は、本当の自分は、医学部にも行きたくなかったのかもしれない。
自分の好きなものに気付いてあげようとしなかったから、両親の提案に乗ることしか自分で選択肢を用意しようとしなかった。
反抗期で別の学部を選ぼうとしたけど、それは単なる反抗に過ぎなくて、自分の本当の”好き”ではない。

 

過去はもうどうしようもないです。
でもじっくり振り返って、過去の自分の思い込みを自分で解くことはできる。
これからは徹底的に自分の好きを追求しよう。
自分の人生を他人のせいにしない。自分の人生は、自分で生きる。

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